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「Love Is Flower」 花は愛 

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お正月の花


今日は教室のいけ納め会。華麗な花をみんなそれぞれ創りました。
きっと来年はこの花のような年になるのかな(^_^)

白髪松、スチールグラス、糸菊、小菊紅白 、ニューサイラン、南天、扇、干支縮緬、塗り木器。
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by harufds | 2006-12-28 23:53 | 作品たち

メリークリスマス☆

クリスマスイブですね~。
昨日は、なぜか急に髪を切りたくなって、いつもの「ヘアーギャラリー柳本」さんへ。
・・・で、みんな仮装していた(笑)。

予約が満杯で髪は切れなかったものの、なぜか呼ばれて来てしまった私。
いっぱい笑ってクリスマスなのに厄落としとか何とか言ってまた笑い、
コーヒーをご馳走になったので、
お礼に丁度資材を車に積んでいたので
注連飾りをその場で作って置いてきました。

昨日は我が家でクリスマスを事前にして(笑)ケーキとバジルパスタ。
なぜか今日も引き続きクリスマスで、手巻き寿司。蟹まで届いた。
もうここまできたら、
クリスマスもお正月も流れでこのまま年が明けそうだ。(食事面のみ)

温泉に行った。またやった・・。
車に鍵をいれたまま、ロック。あ~~またやっちゃった。
家族に電話「またやっちゃったと思うんだよね~」→あ、いたいた。よかったよかった。(誰もいないと思っていた)
「またか・・!なにやってんの???まったく・・・・@@@」→あんまりしつこいのでもう耳が拒否(笑)
「はいはいはいはい。とにかく大至急もってきてね~携帯も車だから~」→受け答えに申し訳なさなし。寒いし、早く帰りたい思いでいっぱい状態。→超勝手思考となる。
でなんとか脱出。

今日は雪もすごくて、どこに行くにも脱出に時間がかかった。

・・とそんな中考えていたのは表裏一体。(どうして??)
表を突き詰めていくと裏になり、裏を極めると表になる。
長所は短所でもあり、悪は善にもなり得る。
好きは高じると嫌いになり、
愛も裏を返すと憎しみにもなり得る。
執着も度を超えると、極めると呼び、
なんのこだわりもないのが高じると、冷血漢のようになる。

極端とはこういうことなのかとふと思う。
紙一重で感じ方や言い回し、その他いろいろなんだろう。

あんまり人に会いすぎると億劫になり、
また億劫で会わない日が続くと人恋しくなる。
贅沢なものだ。

何もしないでいると相手は最初非難するが、
しばらくすると自立心を促すことにつながっていたりする。

ということは、自分のしたいようにするということだ。
何が駄目で何が良いというのはないとおもうが、 
気持ちや状況なんてコロコロと一瞬にして変化し続ける。
大きな流れの中では、倫理感や摂理、慣習、風習、何もかもすべて変化し続ける。
均衡を保つために作ったものだからだ。
地球上に於いてその国々でも環境や考え方で違う。

秋から私は自分自身の周りを「見直し」している。
書類やら、物、人、環境、仕事、そして自分自身の価値観や方向性について。
きっと年明けにはそれらがすべて今の自分に適した形になっていると思う。
そしてもう適合していないすべてがなくなり、
すっきり、軽やかにこれからをすごせることと思う。
たとえばそれが、この国に適合していなければ、
自分の適合する場所を見つけたらよいのではないかとそうも思う。

もう半分しかない人生、全て心地よいものに囲まれて生きていたい。
傍からみて苦しそうに見えても、意外に自分は楽しかったりすることもある。
楽しそうに見えて、実は苦しかったりもする。
自分の価値判断は自分にしか当てはまらない。

娘が2階から夜中に下りてきた。
サンタさんがもう来ていたようで、
あまり好きじゃないプレゼントだったと嘆いていた(笑)


とにもかくにも、2007年は責任=しがらみを全うして終わらせ、
再来年の自分の解放への始まりの準備の年にすると、決めている。

今現在人と関わり生きていく限り、これを繰り返し、
自分らしさを追求していくのかもしれない。
この自分の未熟さはいつになったら
終わるのだろう・・・。

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12月香りのクリスマスツリー製作 美食花会にて
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by harufds | 2006-12-24 20:37 | 作品たち

命の根を切られてもなお生きている・・それが切り花です

先日、宮の沢児童会館にて、花ボランティアの会で、
子供たちへの花体験をしてきました。

「花を通じて生命の尊さを伝える」
という活動です。

様々な社会的な事件、いじめ、引きこもり、ニートなど、
今現在の日常ともなりつつあるこの問題は深刻化しています。

そんな中、私が花で出来ることはなにか、そう考え三年前からはじめたこの活動。
今回は、1年生から6年生の子供9名と、何人かのお母様とご一緒に
花体験をしていただきました。

切り花は切られても生きています。

人間で言うと、余命を宣告されたのと同じです。
ですから、サイクルが早く、
生命というものをより一層身近に、または動物を飼うことよりもわかりやすく説明できます。

花への思いやり、慈しみ、心遣い、ごみの後始末。
それらを体験することによって、子供たちはとても素直な笑顔をみせてくれます。
そしてその花をこの人に見せてあげたい・・という思いが生じます。
家族に持ち帰り、作品を見せたとき、自分の作ったものが喜ばれ、
褒めてもらえる。
その相手の笑顔を見たとき、純粋な心で子供たちは
自分の自信や誇りを得ます。
この体験がきっかけとなって、ほかの事への意欲ややる気にもつながるのです。
そして周りの人に対しての思いやりや慈愛の心が芽生えます。
そうした変化をまじかで見るたびに心が洗われる想いです。

これは私の教室、イベントでも同じことです。
大人になってからもおなじなのです。
逆に自分の中にこもってしまう心を持っている方もいらっしゃいます。
花に向かうとそれを開放することができます。
その変化もまた一瞬で劇的です。

今回は花農家の方のご好意で、
市場ではねられてしまう規格外の花たちを再生利用したい、というかねてからの夢も
実現し、不ぞろいでも、とっても素敵な花たちが私と一緒に
子供たちのところに来てくれました。
ひまわりは、花びらが短く咲いていないところもあるものでしたが、
「さむいよ~って、こんなにかじかんだのよ。」と説明すると、
子供たちは優しいまなざしでそのひまわりを大事そうに見つめていました。

「これらは市場には受け付けてもらえずにはねられてしまうんです。
でもこのハネ品は規格外だけれど、
こんなにきれいで、個性があって、ひとつひとつ素敵なんです。」
ということを館長さんに説明したところ、
「今の学校のようですね・・」
とぽつりとおっしゃっていたのが印象的でした。

そんな素敵な個性ある花で、子供たちが生き生きと輝いた目で作品を自由に作って、
うれしそうに家に持ち帰る様子を見て、
私は、花たちもどんなに喜んでいるだろう・・と
そんなことを思い、胸が熱くなった、そんな一日でした。

一生のうち、何人のかたにこの体験をしていただけるだろう・・とそんな気もします。
どこへでも飛んでいきますので、お声をかけてください。
花体験を通じて、これからの人生を生きていくうえでの
何らかのきっかけとなればと願って・・・。
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by harufds | 2006-12-04 14:20 | 花育のこと